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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)2948号 判決 1984年6月22日

原告

倉田維晴

右訴訟代理人

松井清志

被告

株式会社本貴金属

右代表者

永田輝秀

右訴訟代理人

井門忠士

主文

被告は、原告に対し、金一四五〇万七四六五円及びこれに対する昭和五六年五月一五日から右支払済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、貴金属等の売買及び輸出入等を目的とする株式会社であり、後記原告との金地金取引当時「大阪金為替市場」という私設市場の会員として金地金の取引を行なつていた。

2(一)  原告は、兵庫県立高校の教員であるが、昭和五五年一二月二七日、自宅に被告の外務員沢田勇の訪問を受け、同人から被告が加盟している大阪金為替市場において、金地金の先物取引をするようにと勧誘されたが、その際、同人は、原告に対し、「金地金は必ず値上りする。」、「第一回目の取引では絶対に損はさせない。二回目からの付き合いが出来なくなるので、任せてほしい。」等強調して述べた。原告は、同人の言葉の真否を確認するため、同日午後被告事務所に出向いたところ、原告に面接した被告の営業課長井上昭、同管理部長名切順一は、「第一回目の取引では絶対に損を出さない。被告会社の全力を挙げて取組む。」と明言した。なお、以上までの段階で、被告の各従業員は、原告に対して取引約定書を交付することも、原告と被告との間の金地金の取引が私設市場におけるもので、先物取引の実質を有するものであること及び右取引には予約金(委託証拠金に相当)のほかに取引維持保証金(委託追証拠金に相当)を要する場合があり、その不納入のときには取引が解約とみなされ、多額の損失を蒙るおそれのあること等を全く説明せず、金地金の取引単位が一キログラムであるのに一〇キログラムであると説明した。原告は、被告の右各従業員の説明態度により、被告の右各従業員の「第一回目の取引では絶対に損をかけない。」との言葉を信用し、前同日、同年同月二二日付で、被告に対し、金地金二五キログラムを、同五六年一一月限り、一グラム当りの代金四八五二円で買付する注文をなし、被告から右買付の予約金として金地金一〇キログラム当り金三〇〇万円の割合による合計金七五〇万円の預託を求められ、同五六年一月五日までの間に、担保価格充用金額金六八〇万八五〇〇円に相当する債権証券及び金地金五〇〇グラムを被告に預託した。

(二)  昭和五六年一月五日になつて、金地金の同年一一月限価格は、一グラム当り金四四三四円に下落し、原告買付の二五キログラムでは金一〇四五円の差損が生ずる状況となつたところ、それまで予約金の追加保証金の預託を何ら求めなかつた被告は、前記名切順一において、同年一月七日原告を呼び出し、「金地金二五キログラムの売建てをしなさい。これをしないのなら契約維持保証金として金一〇〇〇万円をすぐ出しなさい。」と迫り、契約維持保証金については何ら説明を受けていないことを理由に断る原告に対し、同年一月一〇日には「先生の学校にまで人が押しかけますよ。」と言つて脅迫し、さらに被告の管理部長岩田仁宏において、同年一月一一日「あなたが被告に預託している金地金合計一四〇〇グラムのほかに現金八〇〇余万円を支払うか、さもなければ金地金二五キログラムの売建てをしなさい。」と迫つた。原告は、被告のこの要求に応じなければ、被告の従業員が原告の勤務先の学校へまで押しかけてくる、との畏怖を感じ、同日、金地金二五キログラムを同五六年一一月限り、一グラム当りの代金四五一〇円で売付する注文を同年一月七日付で被告になし、右売建ての予約金として、同月一四日から同年二月二日までの間に、さきに原告が被告に預けた債権証券及び金地金の換金分を含む合計金一三二〇万七四六五円を被告に預託させられた。

(三)  さらに、被告は、右買付及び売付の両建て後、原告が金地金の値上げ気配を見て、被告に対して右売建てを解約すべく指示をしたのに対し、被告の女子従業員において、「男子社員がいない。」とか「担当は岩田であるが出張で留守である。」と言つて、解約に応じなかつた。被告のかかる所為は、被告が原告の損失を固定させたままで限月の到来を待とうとする意図によるもので、被告がいわゆる「各殺し」の悪質企業であること示すものである。

3  被告が会員として加盟している大阪金為替市場は、昭和五二年九月に設立されたが、法人格を有しないため責任の所在が明確でなく、会員会社で設立時から昭和五六年四月まで引き続き存在しているものは一社もなく、詐欺、恐喝等の刑事事件に関連して除名されたものは三、四社、倒産あるいは事実上消滅したものは一〇数社もあり、一般大衆の委託を受けて先物取引を行う会社としての資質の欠けたものが多数加盟していた。しかも同市場は、委託保証金を市場に預託させる等の顧客保護のための制度を持たず、会員会社が除名されたり、倒産したときにも、顧客保護の処置は、何らとられなかつた。

同市場における先物価格の決定方法は、当初はセリ方式、次いでオファー方式、さらにセリ方式、次いでオファー方式と変更されたが、この間、会員会社の一部は、同市場を通さない、いわゆるのみ行為や客との相対取引を行い、過去においては一部会員会社と同市場幹部らによる談合と価格操作すら行われていた。

すなわち、同市場における先物取引は、単にこれが非公認市場における取引であるというにとどまらず、組織、機構的にみて大衆顧客に不測の損害を生ぜしめる危険度の高いものであつた。

4(一)  前記各事実に徴すると、被告が原告との間でした本件金地金取引は、取引自体も被告の従業員の取引勧誘行為も詐欺的行為であつて違法なものであるから、被告は、原告が本件取引により蒙つた損害につき不法行為責任を負うべきである。

しかし、原告が本件取引により蒙つた損害は、原告が被告に預託させられた前記予約金一三二〇万七四六五円及び被告が右損害を任意に賠償しないため、原告がやむなく本訴の追行を弁護士松井清志に委任したことによる弁護士費用金一三〇万円の合計金一四五〇万七四六五円である。

(二)  また、被告と原告との間の本件取引は、金地金の先物取引を商品市場類似施設で行つたものとして、商品取引所法八条の禁止に違反したものであるうえに、不当な勧誘をしたものとして、同法九四条一号及び二号の各禁止に違反したもの(同法条の類推適用)であり、さらに、被告の「のみ行為」にあたる(本件取引のうち、原告の買付委託分については右委託の五日前に、同売付委託分については同四日前にいずれも被告が買付ないし売付していた金地金を充てて被告が取引の相手方となつたものである)ものとして、同法九三条の禁止に違反したもの(同法条の類推適用)であるから、公序良俗に反し無効である。

そうすると、被告は、原告に対し原告が被告に預託した前記予約金一三二〇万七四六五円を返還すべき義務を免れない。

5  よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として、金一四五〇万七四六五円及び不法行為後の昭和五六年五月一五日から右支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払ないし不当利得の返還として、金一三二〇万七四六五円の予約金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1(一)  請求原因1の事実は認める。

(二)  同2の(一)の事実のうち、被告の外務員沢田勇が昭和五五年一二月二七日原告に対し金地金の取引をするよう勧誘したこと、原告が同日被告事務所に出向き、その後同年同月二二日付で、被告に対し金地金二五キログラムを同年一一月限り、一グラム当りの代金四八五二円で買付する注文をなし、右買付の予約金として原告主張の債権証券及び金地金を被告に預託したこと、以上の各事実は、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同2の(二)の事実のうち、金地金の昭和五六年一一月限りの価格が同年一月五日に一グラム当り金四四三四円に下落し、被告従業員が原告に対し、取引維持保証金の預託に代えて売建てする方法のあることを説明したこと、原告が同年一月一一日に同年同月七日付で金地金二五キログラムを同年一一月限り、一グラム当りの代金四五一〇円で売付する注文をしたこと、原告が被告に対し右取引予約金として、原告主張どおりの金員を預託したこと、以上の各事実は、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  同2の(三)の事実は否認する。

(五)  同3の事実のうち、大阪金為替市場が私設の市場であること、同市場の会員会社で倒産したものがあること、同市場が顧客保護のための制度を有しないこと、同市場の会員会社が顧客との相対取引をしていたこと、以上の各事実は認めるが、その余の事実は争う。

(六)  同4の各主張は争う。

2(一)  原告が金地金の先物取引と主張する取引は、金地金売買の予約取引である。右予約取引では先物取引の清算形態である同一商品の転売又は買戻し(反対売買)による差額決済はとられていない。被告と原告との間の本件金地金の取引が右予約取引であることとは、被告従業員が取引開始時に原告に対してした口頭説明と取引約定書の交付により、原告が十分納得していたはずである。

(二)  被告従業員らは、原告に対し、右取引を勧めるに当つて、過去の金地金の海外市場における価格の変動を示す各種パンフレットを持参して、金地金の取引がその値動きによつて銀行預金などの利子とは異る利益を獲得できる可能性のあることを説明した。原告は、大阪大学の博士課程を卒業して高校の教員をし、社会経験の十二分にある者として、金地金が投資の対象として非常に魅力があると考え、本件の金地金の予約取引を決心したのである。したがつて、仮に被告の従業員が原告に損をさせないかの如き言辞を一部会話の中に挿入したことがあつたとしても、右はいわゆるセールスマンの商品勧誘の際の言葉として、多少は割引いて聞くべきものであるから、原告がかかる言辞をそのまま信じ込んだとしてもそれは法の保護に値しないものである。

(三)  本件予約取引は、先物取引ではないうえに、右取引当時、金地金は商品取引所法にいう商品として政令で指定されていなかつたものであるから、大阪金為替市場に商品取引所法八条の適用がないことは当然である。

(四)  同市場が私設市場であることは、世界の有名金市場のほとんどが私設市場として発足した事実に照らして問題がなく、また同市場の加盟者中に倒産した会社が有ることは本件と無関係であり、同市場が顧客保護の制度を有していないことも違法なことではなく、もとよりそこでした取引の有効性には何ら関係がない。同市場でなされる金地金の価格決定も、当時としては相当厳格な一定の方式の下に、世界の金市場価格をインプットして算出されており、その価格は、毎日、証券新報に発表され、通産省や他の地金業者の監視の下にあつたから、同市場で価格操作ができるものではなかつた。

(五)  原告は、被告が顧客の注文に対してその相手方となつた取引をのみ行為であると主張するが、相対取引におけるのみ行為とは市場に報告しない取引をいうのであるから、市場に対して右報告をし取引形態が市場の定めた方法で行われていることの確認をしてもらうことになつている本件予約取引は、のみ行為とはいえない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一<省略>

二以下、本件各取引における被告の従業員の所為が違法で不法行為となるものであるかどうかについて検討する。

1  <証拠>を総合すると、次の各事実が認められ<る。>

(一)  被告は、昭和五四年二月一日に設立され、本件各取引当時、資本金六〇〇万円で、肩書地に本店、福岡市内に福岡支店を有し、約七〇名の従業員により、会社その他の団体の関係者の名簿等を調べて見当をつけた相手にまず電話をもつて勧誘し、良好な感触を得た相手方に出向いて、被告が加盟する大阪金為替市場を通じて行う予約取引と称する契約方式の金地金取引をするよう強力に勧誘して右取引の顧客を発掘することに努めていた。右予約取引は、被告が大阪金為替市場の会員としての資格のもとに別紙のような取引約定書と題する定形の契約書に記載された契約条項のうち「ウエイトデリバリー」(同約定書三条)についての条項に準拠する取引形態であるところ、かかる予約取引においては、取引の目的物を納会日又はそれ以前に反対売買によつて清算することができない旨定められている(同約定書八条)ので、この点において先物取引と決定的に異るもののように見えるけれども、この予約取引においても、注文主は先行の契約におけるのと同量、同予約期日(限月)とした反対方向の予約取引をなすこと(両建)ができるとともに、右取引を任意の時点で解約することができる(同約定書二五条)のであるから、右解約の時点で経済的には先物取引における反対売買による清算と同一の効果を収めることができ、ただ右清算の結果(差金)の授受が先物取引では反対売買の時点でなされ得るのに反し、予約取引では納会日までできない点が異るだけであり、従つて予約取引の実質は、先物取引と大差がないものとみることのできるものである。

(二)  原告は、昭和四五年三月、大阪大学理学研究科博士課程二年を中退し、同年四月から兵庫県下で高校教員をしている者である(原告が兵庫県下の高校教員であることについては、当事者間に争いがない。)が、従前、本件のような金地金の予約取引はもとより商品の先物取引や株式取引の経験もなかつた。

(三)  原告は、昭和五五年一二月二七日被告の事務所から電話で金地金の予約取引の勧誘を受け、それに関心を示したところ、前判示のとおり被告の外務員沢田勇の訪問を受けた。沢田は、原告に対し、約二時間にわたり、金地金が安全有利な財産保全手段であること、金地金の価格が同年末から明年始にかけて必ず値上りする状況にあることを説明したうえ、「第一回目の取引では絶対に損をさせない。グラム当り二〇〇円の利益が出た時点で利益金を持参するから、被告に委せてほしい。」旨言葉巧みに勧誘したので、原告は、右沢田の言葉を信用し、当時被告の手持ち分として、翌年一一月限りで一グラム金四九一九円の金地金一二キログラムの買玉があることを沢田から聞き、その場で、被告手持ちの右買玉につき買付予約の注文書に署名、捺印したが、事情確認と予約保証金納付のため同日出向いた被告本店事務所において、被告の第一営業課長井上昭と管理部長名切順一と面談し、その際も同人らから沢田の前記言葉に誤りがなく、「被告会社の全力を挙げて取組む。原告とは今後も取引を続けたいので、第一回目の取引では絶対に損をさせない。」旨強調されたのでいよいよ安心し、原告に金一五〇〇万円ほどの手持資金のあることを知つた同人らが「被告により有利な手持の買玉として四三キログラムの金地金があるので、これをおわけしたい。」旨提案するのに応じ、その場で、前記一二キログラムの買付予約の代りに、金地金二五キログラムを同五六年一一月限り、一グラム当り金四八五二円の代金をもつて同五五年一二月二二日付で買付する予約注文書に署名、捺印するとともに、その予約保証金の一部としてその際持参した前記一二キログラムの買付予約分に対する保証金代りの額面金三〇〇万円の債権証券の保護預り証を被告に交付し、残り分を同五六年一月六日に持参することを約した。なお、以上の取引交渉の過程で前記被告の各従業員は、原告に対して前記の取引約定書を交付せず、その存在することを口頭で説明することもしなかつたうえに、右約定書に記載されている契約維持保証金(同約定書一六条)のことも前記納会日決済のことも説明しなかつたので、原告は、当時、右保証金を必要とする場合のあることを知らず、また予約取引の利益金についてはこれを任意の時期に入手できるものと考えていた。

(四)  原告の買付予約した金地金の価格が年明けとともに下落し、昭和五六年一月五日には一グラム当り金四四三四円となつたこと及び原告が前記予約注文書の記載から取引約定書の存在することに気付いたことから、原告は、同年一月五日、被告本店事務所に出向き、同所で前記井上に面会して説明を求めたところ、同人は、金地金価格について、「価格の下落は一時的なもので心配不要である。やがてどつと値上がりする。」との見透しを述べ、取引約定書については、同所でこれを原告に交付し、その場で内容を確認した原告が契約維持保証金の意味について、顧客の差し入れた予約保証金の代用証券等の価格が下落してその担保価値が当初の二分の一となつた場合に必要となるものであると理解して良いか、と質問したのに対して、これを否定せず、また、納会日決済に関連して同約定書八条の規定が「顧客が限月到来前に予約目的物の授受を求めてきても、被告がこれに応じられないとの趣旨を定めたものである。」旨説明したので、原告は、被告従業員らの従前の説明による自己の認識に大きな誤りがないものと判断して安心し、井上に求められるままに同約定書末尾に、昭和五五年一二月二二日付で署名、捺印するとともに、予約保証金の未払分として金地金五〇〇グラムと額面金二六〇万円の債券証券の保護預り証を被告に交付し、翌一月六日にも被告本店事務所を訪ね、値下がりした金地金価格の今後の値上がりを期待して、被告に対し、金地金一〇キログラムを同年一一月限り、一グラム当り金四四四六円で更に買付する予約注文をなし、その保証金として金地金九〇〇グラムを交付した。

ママ(六) 原告は、同年一月七日、井上から「金地金の価格が今後更に値下がりするかも知れないので、契約維持保証金として金一〇〇〇万円を納めるか、金地金三五キログラムの売建てをするかのどちらかにするように」との要求を受け、同人のいう契約維持保証金がさきに原告の理解した内容と全く相異していること及び被告が初回の取引における原告の利益を保障したにもかかわらず、原告に両建てを求めて原告の既往損失の固定化を図つていることを知り、この段階で初めて被告従業員の言葉が信用できないものであることに気付き、井上、名切の両名が執拗に求める両建てを拒否するとともに、被告がさきに原告から予約保証金代りに受取つた保護預り証により債権証券の返還を求めてもこれに応じないよう受託会社に指示した。被告は、原告が両建てに応じないままに、同日原告の買付予約分に対応する数量(三五キログラム)、予約期日(同年一一月限り)により、一グラム当り代金四五一〇円で売建てをして、原告に対し強硬に両建て策を採用するよう要求するようになつた。

(七)  名切は、同年一月一〇日原告に対し、原告がした前記保護預り証への措置を不満として被預託債権証券の引き渡しを求めるとともに、「先生の件は今はまだ私の手もとにあるからよいが、私の手もとを離れたらえらいことになりますよ。」と告げ、原告がその意味を問い返えすと、原告の学校へ債権を渡せということで人が押し寄せることである旨答えた。原告は、この名切の言葉を聞き、右取引上の紛争の余波が自己の勤務先の学校に及ぶかも知れない事態を危惧し、翌一一日被告の従業員岩田仁宏が管理部長として来宅して、「最後の話に来た。」旨の切り出しで、「原告の取引では損金が出ているので、被告としてはこの取引の解約をすることができる。解約すると被告が予約保証金として預つている金地金一四〇〇グラムの外に現金八〇〇万円余りが必要である。」旨述べ、これを避ける方法として被告の前記従業員らがそれまでに原告に対して要求してきた本件買付につき取引維持保証金を入れる方法又は両建てをする方法しかないことを説明して原告に選択を迫つた際、そのいずれの方法をも拒否すれば、前日名切の言つた事態が現実化して教師生活ができなくなるものと判断し、切羽詰つた心境のもとに、両建ての取引に応ずることを決意してその旨を岩田に伝え、同日と翌一二日に同人と折衝の結果、既存の買付分のうち同年一月六日予約の一〇キログラムの金地金については同年一月七日付で売付予約する分との間で清算(益金の金六四万円が手数料の金六六万円と相殺され、残額金二万円が予約保証金から振替処理)されたため、結局、本件買付の二五キログラム分に対応する同量の金地金を同年一月七日付で一グラム当り代金四五一〇円として売付予約することとなり、その予約保証金については、既存の本件買付の予約保証金と併せ、当時被告が保管中の原告の金地金合計一四〇〇グラムを換金するほか懸案の前記保護預り証にかかる債権証券も被告に引渡してこれを換金して右保証金に充て、なお不足する金三〇〇万円を原告と被告の双方で折半して負担することを約し、前判示のとおり、原告は、同年二月二日までの間に合計金一三二〇万七四六五円を予約保証金として被告に預託した。

(八)  その後、被告従業員は、原告が同年二月九日東欧情勢の緊迫化により金地金価格の騰貴を予想して、前記両建てを解消するため、本件売付分につき解約したい意向を伝えてきたのに、担当者の不在等の口実を構えてその意向を無視し、また、原告が同年五月提起した本訴においては、本件各取引の違法及び無効をいう原告の主張を争いながら、同年一一月に納会日が到来したのに、原告に対して本件各取引の清算結果を明らかにしていない。

2 以上認定の各事実に徴すると、本件各取引は、先物取引と同様の高度の投機性を有するとともに、かなりの専門的知識を必要とするものであり、また大量の金地金にかかる高額な取引でもあることが明らかであるから、この種の取引を勧誘する被告の従業員としては、取引の相手方である原告が高等教育を受けた者であるとしても右取引の知識及び経験を欠く者である(被告の前記各従業員がこの事情を十分知つていたことは、前判示の本件各取引に至る経緯より推知することができ、この点についての証人岩田仁宏の証言は措信しない。)以上、かかる原告に対しては、右取引の手続内容について、正確な知識を与えるとともに、取引材料について誤解させる発言ないし誤解させ易い発言を差し控え、原告が誤つた判断のもとに過度の投機行為に出て窮地に陥ることのないよう配慮すべきものと考えられる。しかるに、被告の従業員らは、右取引の手続内容のうち原告としては警戒ないし注意すべき重要事項につき十分な説明をせず、他方において利益の発生が不確実であるのにこれを確実なものとして保障することにより、原告を高額な本件買付に誘い入れ、同取引で原告に損失が生ずるや、手の平を返えしたように、原告を困惑させる言動で事後的手段をとるように迫つて本件売付に追い込み、原告に本件各取引の予約保証金を出揖させる損害を与えたものというべきである。そうすると、被告の従業員らの右の各所為は、商取引における信義則を故意に無視し、原告に多額の損害を与えたものとして、違法であり、不法行為を構成するものといわなければならない。

三次に、前判示の事実によると、被告は、右従業員らの使用者として、民法七一五条により、原告が蒙つた損害を賠償すべき責任を免れない。<以下、省略> (井上清)

取引約定書<省略>

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